2000~

書籍「我が心のパリ」フジ子・ヘミング

フジコ氏がいままでに住んだパリの家を紹介しながらパリの街についても語るスタイルは、『私が歩んだ道、パリ』(ぴあ株式会社)と似た部分があるが、本書はより、彼女の芸術談や人生談について学ぶことができる。

柔らかくマットで、ややハイキーな写真も美しく、フジコが集めた小さい道具やテーブルに置かれた果物のアップの写真などが彼女の生活感をリアルに伝えてくれる。ところどころに載せられた彼女の描いた猫の絵も可愛い。

デザイナーでもあった父親の才能が遺伝したのか、小さい頃から絵を描くのが好きだったようで、彼女が絵を描いている姿を見ることができたり、同じ日本人で猫好きだった藤田嗣治に言及した折、パリで活躍した芸術家の話から芸術についての話、ひいては、どんな苦境に立たされても前向きに生きるための心得を語ったり、ためになる話がいくつも出てくる。

パリで生きるアーティスト同士、感じるものがあるのか、それとも、フジコも苦労をしてきただけ他人の苦しみや痛みが理解できるのか、社会の外側で生きるパリの大道芸人にも優しい眼差しをかける。サンジェルマン・デ・プレのカフェで遭遇した大道芸人のおばあさんと犬のエピソードが特に興味深い。

戦時中に飼っていたチャロという犬が日本軍に殺されてしまった話や、マリー・アントワネットの最期について、前記のような、決して報われなかったパリの芸術家について、はたまた大道芸人についてなど、本書全体に死の匂い、または哀愁が色濃く漂っている。

フジコやパリの街の人々を撮影した色気のあるざらついた質感のモノクロ写真に、エルスケンの『セーヌ左岸の恋』を思い出したり、巻末のソフトフォーカスがかかったメリーゴーラウンドの写真にフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』を連想させることができた。

数々のアート作品やフジコの挿話などからパリは、明るく派手なばかりではない、物悲しく朽ちていくような孤独のイメージが筆者の頭の中に広がっていくが、その、孤独で個人主義で、日本でもドイツでもできなかった自由に生きていける雰囲気に、彼女は魅かれたのだろう。

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書籍「私が歩んだ道、パリ」イングリット・フジコ・ヘミング

本書はフジコ・ヘミングの半生を通して、不遇な時代の多くを過ごしたドイツと、若い頃から憧れの街だったフランス・パリを対比させる。そして、Chapter2からは、彼女が住んだパリの家の紹介やパリの好きな場所について紹介する。
ドイツ人とフランス人の国民性について言及する箇所があり、実際にヨーロッパに住んでみないと発見できない視点なので、筆者としては興味深い。

30歳を目前にしてベルリン留学をきっかけとして日本を飛び出し、1999年のNHKのテレビドキュメンタリーでフジコ・ヘミングブームが起こるまで、辛く暗く不遇な時代を過ごしたフジコ。その修業時代に、パリで活動した数々の芸術家の物語やモンマルトルへの憧憬が、いかに彼女の心の支えになったのかを知ることができる。

ベルリン留学時代から、たびたびお金を貯めてはモンマルトルを訪ねていたようだが、演奏家として成功し、活動が軌道に乗るようになると、憧れのパリ、憧れのモンマルトルに住むようにもなる。刺激を受けた芸術家たちの足跡をたどり、大好きなユトリロの絵画に登場する街角が実際に存在することに感動する様が愛らしい。

日本にいた頃からフランス映画も好きで、新宿の小さな名画座で映画を観た際に、その映画館があるビルの5階のトイレの窓から外を見ると、屋根が連なっていて、新宿の街並みがパリのようだった、という挿話に、彼女にとってパリは終生、夢とロマン、デラシネの自分を受け入れてくれる唯一の場所だと思いを馳せるよりどころだったのだと、想像できた。

色気のあるカラー写真と、パリの街を男に見立てたフジコの言葉。彼女がいろいろな所で買い集めたアンティークグッズや、愛猫、猫好きの彼女のイメージには珍しく、愛犬・ダギーも登場し、他の書籍やインタビューではあまり聞くことができない情報を知ることができる。大きめの文字も読みやすく、巻末には観光をスムーズに行うための豆知識とお勧めホテルの情報も載っていて、優しい。

書籍「パリ音楽散歩」フジコ・ヘミング

暗く辛かったドイツ時代とは対照的に、パリで過ごす時のフジコの心はとても満ち足りているのだろう。パリを語ると、いつの時でも、嬉しそうで、楽しそうだ。大好きな犬や猫と生活し、街を散策するだけでも、強い喜びを感じているだろうことを、聞き書きの本文は伝えている。
第1章は、パリでの生活、ドイツ・ウィーン・スウェーデンで過ごした不遇な時代のエピソード、パリを拠点に活動するようになってからヨーロッパの各地で演奏活動ができるようになったこと、母・投網子の厳しいピアノの稽古、夢見がちな少女時代、学生の頃の思い出などを語る。
第2章では、2001年にモンマルトルの丘で部屋を見つけてからの、パリでの住居の変遷(モンマルトル→サン・ルイ島→マレ)を語る。街を歩き回り、教会や美術館・博物館、骨董品屋や数々の店をまわって、冒険と発見を繰り返している様がほほえましい。書籍の構成も、カラー写真が多くなり、イラスト風の可愛い地図や、ピックアップされた各エリアのお勧め店舗が紹介されており、ガラリとガイドブックの雰囲気をたたえていて、読んでいるだけでワクワクする。
第3章はパリゆかりの音楽家を、フジコの小旅行と共に解説する。フジコが音楽家たちへの知識や愛、思いを語っているが、おそらく編集者(?)が参考資料を使って加筆しているのだろう。クラシック音楽の門外漢やにわかファンにとって知らない言葉が出てくるので、多少調べながら読まないと理解できないこともあるが、新たな知識が得られるので、苦手意識を持たずにご一読いただきたい。
フジコの半生についてのインタビュー、旅行者への楽しいガイドブック、パリにまつわる音楽家を紹介した伝記的な記事、と本書の構成はとてもバラエティに富んでいる。
『おわりに』にて、数多くの芸術家たちが目にした景色を見、教会の鐘の音に耳を傾け、生活に溶け込んだ音楽を楽しむパリ市民に思いを馳せるフジコの言葉に、読者は深い感慨にふけるだろう…。

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