2010~

映画「クレンズ・フレンズ」

ソニーピクチャーズの公式youtubeチャンネルで、2018年にアメリカで公開された「クレンズ・フレンズ」という作品が無料公開されていた。

まったくの予備知識がない作品なので、インターネットで検索をかけてみると、ホラー/コメディに分類されているらしい。私は怪談や精神的に迫ってくるようなホラーはわりと好きなほうなのだが、海外の人間が作る、スプラッターとか肉体的苦痛を伴うようなホラーは大の苦手である。というより、大嫌いだ。

おそるおそる鑑賞する…。

初めに、ソニーピクチャーズの公式HPに紹介されている、あらすじを記しておこう。

傷心の男性が、自分自身を浄化して壊れかけた人生を修復しようと、スピリチュアル系のリトリートに参加する。そこで彼は同じように悩める仲間と出会い、共に“クレンズ”というデトックス法を行う。ところが体から排除されたのは、日々の毒素だけではなかった…。

まったくホラーではなかった。言葉の行間を読むような、シュールなコメディテイスト。ホラーを思わせる気持ち悪いものと言えば、登場人物の身体から出てきた不気味なポケモンのようなもの、だけである。作品自体は、人生の岐路に立たされた登場人物たちがどうやってその困難を乗り越えるのかということを主題にした、純然たる人間ドラマである。

映画としては、特に目新しい工夫があるわけでもないし、ストーリー展開も奇抜だというわけでもない。上映時間も一時間ちょっとなので、長編映画というよりは「小品」という印象である。だからと言って、駄作だとか、平凡だとか、つまらなかったというわけではない。むしろ、個人的には意外と良作だったな、と思った。

なぜ良作だと思ったのかというと、まず、ストーリーが単純でわかりやすい。作品の構成がシンプルなので余計なことを考えずに済むということがある。俳優の演技や、体内から排出されたモンスターがなにを象徴しているのか、を考えることに集中できるのだ。そしてなにより、俳優が名バイプレーヤーばかりなのだ。

アメリカ映画をよく観ている人ならば、一度は顔を目にしたこともあるだろう、オリヴァー・プラット。アダムスファミリーのお母さん役でお馴染みのアンジェリカ・ヒューストン。主人公のポールは、2000年公開の「偶然の恋人」で口の達者なゲイのセス役をやったジョニー・ガレッキ。2022年公開の「ディナー・イン・アメリカ」で伝説的パンクバンドのフロントマン役をやったカイル・ガルナ―など…。

キャスティングが実力派勢ぞろいなので、画面に説得力がある。地味に見えるのに、豪華である。日本の伝統工芸のように、華やかさはないが、わび・さびの世界が漂っている。

あと、もうひとつ。登場人物が体内から吐き出したモンスターに手作り感があることが魅力だ。特殊技術に詳しいわけではないので、どうやって作ってどうやって動かしているのかはわからない。動かない模型を作って、あとでCG処理をほどこしているのか。ストップモーションアニメのように、関節の動く模型を一コマずつ動かしながら撮影し、作り上げているのか。しかし、これだけは言える、ということは、そのモンスターの動き方を見て、監督の映画への愛を感じる、ということだ。

大作にしろ、低予算作品にしろ、昨今はCGだかVFXだかでどれも似たり寄ったりの映像表現になってきているなかで、手作り感というのは貴重な存在意義を示しはじめている。観客の心にじわじわ染みこんでいく、するめのような味わいだ。

本作の脚本・監督を担当したのは、ボビー・ミラーといって、調べてみると手掛けた作品数もそう多くない、新人のようだ。

監督が運営しているらしきウェブサイトを発見した。

https://www.bobbymillertime.com

過去に、ショートフィルムを数本作って映画祭へ出品した後、本作が監督にとっての劇場長編映画デビュー作になっているらしい。

彼のウェブサイトにアップロードされている、ショートフィルム(『TAB』と『END TIMES』)には、「クレンズ・フレンズ」に通ずる、監督の人柄や作風が垣間見れて、今後彼の作品を観る際の良い参考になるだろう。

それにしても、ポールやマギーは心の闇に一見打ち勝ったものの、どういう人生をこれから歩んでいくのだろうか?

映画「ファースター 怒りの銃弾」(2010)

スタッフ

監督、ジョージ·ティルマン·Jr。音楽、クリント·マンセル。脚本、トニーとジョーのゲイトン兄弟で、兄のトニーはプロデュースにも参加している。

音楽を担当したクリント·マンセルは、ポップ・ウィル・イート・イットセルフというバンドの元ボーカリスト。YouTubeで聴いてみたところ、メタルやシューゲイザー、DJやシンセサイザーを使ったエレクトロニックなサウンドがごちゃまぜになったミクスチャーバンドのようだ。バンド脱退後は映画音楽に専念しているとのこと。本作のサウンドトラックは、バンド時代の音楽性を醸しだしつつも、作品の内容に寄り添ったミステリアスな雰囲気を漂わせている。

見どころ

冒頭の約10分が秀逸。主人公がどういう人物なのかがそれとなく説明されるのだが、何気ないシーンでありながらも『復讐』というテーマをうまく表現している。

刑務所の自室の壁に貼られている、主人公と仲良さそうに肩を組む男の写真。観客に、親友か兄弟だろうか?と思わせる。その写真を、決意を新たにしたような、『復讐』心に燃えるような目つきで眺める主人公。部屋の鍵が開けられ、刑務官に付き添われながら所長室まで歩く間、部屋に閉じ込められた他の受刑者が主人公に向かって悪態をつきながら、怒りに満ちた表情で叫んでいる(後の所長のセリフで判明するのだが、主人公に売った喧嘩を買われ、彼らは手ひどい仕返しを受けている)。彼らの態度も、作品のテーマである『復讐』を暗示させている。所長室にて、所長との会話をしていても、主人公は出所までの時間ばかりを気にしていて、さっさと刑務所を出たくてうずうずしている。刑務所を出るときの金網の開け方も、引きちぎって投げ捨てるような動作である(この場面も『復讐』心で煮えたぎった感情を表している)。

外に出て、辺りを見渡す。刑務所の外は砂漠地帯で、熱くてヒリヒリするような心情を代弁する。ここでマカロニ・ウェスタンで聴くようなエレキギターの音と共に、1970年前後のハードロックのようなBGMが流れ、観客は物語がどのように展開されるかまだ知らないけれども、暗示に満ちた巧みな冒頭シーンのおかげで、なんとなく主人公と同じ気持ちになっていて、居ても立っても居られない気分になる…。具体的なエピソードは一つも話していないのに、暗示シーンや主人公の動作によって、いつの間にか観客は主人公の味方になっているのだ…。

見どころ②

自動車は、本作の重要な構成要素の1つだ。

刑務所を出ると、主人公(以後、ドライバー)は、おもむろに走り始め、近くの廃車置き場にたどり着く。そこで、主役とワンセットになって活躍する車が登場する。黒の70’s シボレー シェベルSS(車体の真ん中に太い白線が2本描かれている)だ。存在感と意志の強そうな車体は、ドライバー自身を表しているようだし、車体にペイントされた2本の白線は、ドライバーと兄の絆を思わせる。

上記の車とは別に、回想シーンで、銀行強盗時にドライバーが使用していたのが、オレンジのポンティアック GTO 1967。劇中歌に1970年前後のハードロックが多用されているのはなぜだろうと思いながら鑑賞していたのだが、なるほど、小道具として使用された往年のマッスルカーとの調和を考えて、選曲されたのだろうと想像する。

見どころ③

ドライバーを含めたその他のメインキャラクターの造形も巧みだ。

離婚して一人息子の親権争い中のドラッグ依存症刑事、役名コップ。

親権争いをさせることで、人物の家庭的な雰囲気、小市民感が演出できるし、物語の本筋とはまったく関係ないのだが、コップの小さな日常の争いをかいま見せることで、観客は潜在的に、円満に解決してほしいと思うようになる(人類は昔から、争いが起これば、敵を倒すか対立している者同士をなだめすかして解決するしか選択肢がないわけだが、コップと小競り合いしている妻を殺すわけにはいかない。ならば、なんとかしてなだめすかすしか方法はない)。その観客の感情がラストシーンでの伏線回収に生きてくる。加えて、ドラッグ依存症という設定にすることで、警察官と犯罪者の線引が曖昧になり、犯罪者を罰する立場の警察官が実は犯人グループの一味だった、というようなどんでん返しに持っていけるようになる。

何者かにドライバーを殺すよう依頼された、殺し屋、役名キラーも可愛い。

キラーは一見、冷徹で非の打ち所がない人物のように見える。美人のブロンド彼女もいて(彼女も殺し屋)、眺めのいい豪邸に住んでいる。部屋の壁には大量の武器が隠された収納庫がしかけられている。まるで、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーがダブル主演した映画「Mr&Mrsスミス」や、007シリーズの世界観だ。しかしのちに判明することだが、キラーは幼少時、先天的に足が悪くてギプスをはめて生活していた。足の付け根から足先まで大きな傷跡が残っていて、大手術と辛いリハビリを乗り越えてきただろうことが察せられる。家に飾ってある写真からは、武道の鍛錬を積んだり、標高の高い雪山登山に挑戦した様子も伺える。最近もヨガの難しいポーズをクリアしたと嬉しそうに彼女に伝えていて、本当に努力家で健気な男なんだ!…

その他、脇役に付随する脇役たちも、殺される直前に人間味溢れる言い訳をのべたり、家庭を持って更生しようとしている様が描かれていたりして、それぞれに卑小な小悪党感がよく出ていて、ドライバーの憎しみ(観客の憎しみ)の対象なんだからさっさと殺されて然るべきなのに、どこか同情したくなる、というか、共感すべき存在に仕立てられている。

あとがきのようなもの

そういえば、キラーの携帯電話の着メロが、マカロニ・ウェスタンの傑作「続·夕陽のガンマン 地獄の決斗」のテーマ曲なのだけど、英題が「The Good, the Bad and the Ugly」、つまり「良い奴、悪い奴と卑劣な奴」で、ここにも本作の主要キャラクター3人を暗示させるような伏線が張られている。もちろん、ドライバーが良い奴で、キラーが悪い奴、コップが卑劣な奴だ。

まとめ

特に目立つ映画ではないのだが、脚本がよくできていて、どんな人でも楽しめる作品になっていると思う。ハリウッド映画の定石を忠実に守っている、というか。

展開の仕方や各パートの時間配分、目安となるシーン数はまさにブレイク·スナイダー著「SAVE THE CAT」で示されたお手本通り。感情移入しやすいキャラクター造形、小道具の使い方や音楽も良いバランスで調和している。

無惨な殺され方をした愛する兄貴の無念をはらすため、憎き敵グループのメンバーを1人ひとり虱潰しにぶっ殺していく、人間の動物的本能を強くゆさぶる、原始人にもわかる傑作物語だ。

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